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国立国会図書館で取材など

町立、村立、市立、県立、国立とあるわけですが日本唯一の国立図書館。当然一般の方も利用可能です。国会とつくがゆえに一般利用できないんじゃないかと思われがちな国立国会図書館で、おそらく正月号に載るであろう対談の写真撮影。
国会議事堂の裏からまわろうとしたのですが。裏通りは白地に赤文字の旗を立てた人たちと警察の検問の嵐でした。案の定、道に迷って警察の方に尋ねてみました。目印にしたかった議事堂が見えない・・・。Googlemapだと高低差がわかりませんね。
対談の内容は記事にて。
図書館長とペンクラブ会長による対談。

カセットレコーダーを回しながら隣でICレコーダーを併用。
話の中でカセットみたいに回ってないと不安という話が出てましたが、デジタルだってDATやDCCはまわってたし、テープがメモリーカードに変わったことで信用なら無いというなら、テープの再現性や後から巻き戻すことによる劣化、テープ反転部分による途切れ、などの使いにくさはどうなるんでしょう?
ICレコーダーは電池さえ持てばCD並みのビットレートで1GBのメモリで12時間は録音可能その半分でも7時間は録音可能、最低でも1万回読み書きできるとなればいうまでもない。カードが不良品だったらどうするんだって話はカセットテープが不良品でも同じことですので横において、モーターなどの駆動部分の少ないため電池の消費も少ない劣化も少ない、ヘッドの磨耗も無い。
あとの処理でもデジタルであればゲインアップやイコライジングの変換などをほぼ劣化無しで出来るのだから使うといったところで優位な面しか見えてこない気がしますが。慣れとか懐古趣味で言われてもなんだなと。

デジタルであったほうがいいという意味では混雑した電車の中で必死になって本を読んでたり、新聞をところかまわず広げて読んでるのもまた迷惑なわけで、電車内での迷惑行為として取り締まってもらっても良いくらいだ。(携帯やDSいじってるほうがまだ邪魔にならない、PSPは手が横に広がるので邪魔だが)ああいうのこそデジタルなものにすべきだと。最近の液晶メインの携帯、iphoneやiPodTouchのようなガジェット(Audiobookもその範疇に入れて良いだろう)、あれでしか読めないとしてしまえばそれを使うようになるのだから。

余談:自宅サーバーのFedoracore5->6がうまくいったので会社のもそろそろ6にしてみようかと構想中。yumのアップデートが手動になるとかでその対策が出来次第適用。
Fedora7はHDDのデバイスマップが変わるとかで敬遠中。
なによりも中のコンテンツ整備を考えなければならないのですが、日々の更新作業で手一杯です。
出版年鑑の作業にも入りますので徐々に空き時間を利用してコンテンツ変換を行う予定。