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ケータイ書籍のブーム

先日でるべんの復習会で植村八潮さん含めての復習をやったのでちょっと思ったこと考えさせられたことをつれづれと・・・。

ケータイ小説のブーム、10大ニュースをまとめつつ見直していると、実は昨年から続いている流れで、2001-2004年ごろなど初期の頃を見ると今までにあった新潮文庫を携帯用に置き換える、既存の作家によるの書き下ろし、といったものではなく、携帯の12のキーで携帯で読むために打ち込まれた文章。
携帯用ブログや日記、自己紹介サイト、魔法のiらんどが先駆け(?)ですがそういうところで連載形式で書かれていった小説(フィクション、ノンフィクション)。
他の人のコメントなどの反応を見て次々と展開されていくストーリー。他の人が続きを書いていくなど。
そんな昨年はやったblog物とも掲示板ものとも違う形式での展開。そしてそれを本という形に置き換えて記念出版的に発刊。
ケータイ向けのもののため形で残るというところで記念品的に買うユーザーによって形成される市場。
話題になって映画化・ドラマ化なども含めケータイ外にもユーザーを獲得。内容しだいで紙の方にいっても売れ筋に変化する。ただ書店の売れ筋に必ずしもつながらないのはケータイのユーザーは情報偏重気味なのか映画化されたりしても気づいていない場合もあるという。(書店に行っても棚を探すより店員に聞くのでレジ横に置いたほうが売れるとか。)となると書籍分の売れ筋はライトユーザーも多いということになるだろうか。
いまでは紙から電子に置き換えたものを電子書籍と呼び、携帯で打ち込まれた文章をケータイ書籍(本、出版)と便宜上分けているが、そのうち出版の定義が大きくなって、ある文章が存在するとき、それを紙にするか電子媒体にするかだけの違いになるんじゃないだろうか。

どちらも出版と呼んで、いずれ資源不足になると紙の方が高級品として扱われるのかもしれない。

ちなみに現在ある電子書籍(書籍を電子化したもの)が意味が無いというわけではなくケータイから紙にするときに向き不向きがあるように紙からケータイにするにも向き不向きがある。それにアーカイブして置けるという点では今の電子書籍も必要なんではないだろうか。紙で無いと、いつかなくなったりメディアが読めなくなったりしたときに困るだろうという人もいるが、震災など小規模の災害であれば首都圏は、東京でもし災害が起きればデータセンターは大阪に全部バックアップされ、関西で災害が起きれば東京でバックアップされる仕組みがすでに確立されている。書籍の電子形態を納本のような形でアーカイブが行われれば既に安全なしくみ自体は出来つつある。
むしろ災害が起きたときは紙であろうとデジタルであろうと燃えて無くなれば同じなので紙で無いとダメという論理は間違い。もし何十年たったとしても昔のレコード管を再生したり古代の古文書が読めるわけだから、いずれCDなどが発掘されても何らかの形で復元するような気がします。ただ火事が起きて本が燃える確率と、パソコンのハードディスクが壊れる(消してしまうも含む)確率は後者のほうが確率は高いので、ちゃんとアーカイブ、バックアップ、納本(?)のようなしくみを利用することになるのではと思う。