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装幀という仕事 貝原浩--佐藤英之 2009年12月中旬号

佐藤英之(批評社代表)
貝原さんにお会いしたのは、1980年の暮れの頃、パロル舎の石渡社長が本郷に連れて来られたのが始まりで、真っ赤なブレザーにジーパン姿で、骨太の体格によく似合っていた。フランス帰りで一見派手な格好をしていたが、繊細なタッチで描かれた油絵を見ているとこの人の何処にそんな才能が隠されているのか不思議でならなかった。さっそく装幀をお願いしたのが『批評精神』の創刊号で、これは5巻でお終いになり『合本批評精神』」として纏めることにした。その頃、貝原さんは西荻窪の踊りのお師匠さんの二階に仕事場を間借りしていて、天井から色とりどりの和服がぶら下がっている中を縫うようにして二階に上がるのだが、眼の前がこけし屋というレストランでそこの喫茶室でよく打ち合わせをした。貝原さんが版下の色指定を説明していると、ポロリとイラストの欠片が剥がれて床に落ちてしまった。すると彼はその欠片を拾って、一瞬の迷いもなく版下に貼り付けた後で、「これでもいいか」と言っていた。これは『むくの木の詩』という本の装幀で、2色でありながら紙の色を計算して4色にも見える装幀をしてくれた。自分でも「これは秀逸だ」と言っていたくらいだから、出来上がりは予想した以上によくできていたのだと思う。貝原さんの装幀は、装幀というよりも絵に近い。一時、和筆に凝っていた時期があって、「貝原さん、今回は筆ではなくてペンか鉛筆でお願いできますか」と言ったら、「そこまで言うか」と言われてしまった。